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しかたのない蜜

しかたのない蜜

 インターフォンがいつものように、ゆっくりと丁寧に押された。
 私はドアを見つめる。このまま居留守を使うことを考える。年上の女は、少年に新たな恋人ができたことを知ると、黙って身を引くものなのだ。かつてそういう映画を何本かテレビの洋画劇場で見たことがある。
 けれど幼稚な二十九歳の私は、そんなに格好良くは生きられなかった。少年Aが困惑する表情見たさにわざとゆっくりとドアに歩み寄り扉を開く。その間に学校関係者がここを通りかかって、少年Aが私の部屋に入る現場をい目撃してしまえばいいのに、とすら思う。もしそんなことになったら、少年Aはどうするだろうか。私はいつしか少年Aと一ノ瀬の仲が破綻することを望んでいた。そんな自分がくやしくて、私は少年Aの顔を見てわざとらしく眉をひそめる。
「……先生、どうしたの? どこか具合でも悪いの?」
 脱いだスニーカーを丁寧に揃えて少年Aは私の部屋に足を踏み入れた。べつに、と私は素っ気なく言う。声がものすごくとがっているのが自分でも分かる。おじゃまします、と一言かけてから少年Aは背負っていたリュックを背中からおろした。いつもは私は何回この部屋に来てもそんな他人行儀とも言えるあいさつをする少年Aが好ましかったのに、今日は違った。少年Aはなりゆき上、肉体関係を持ってしまった女教師に遠慮していただけなのだ。あんたなんて、本当に「お邪魔」なんだから、この部屋から出て行ってよ。そう怒鳴ってしまいたい衝動に駆られる。そう言われて傷つく少年Aが見てみたい。もし私にそんなことを言われたら、少年Aはまたリストカットするだろうか。それとも一ノ瀬のもとへ喜んでいくだろうか。
「これ、気になる?」
 少年Aが左手首をおさえて尋ねた。無意識のうちに少年Aに向けられていた私の視線を、自分が剃刀をいつも当てている手首に向けられたものだと考えたようだった。少年Aの左手首には包帯ではなく、サポーターが巻かれていた。
「まあね」
 私は答えた。少年Aはリストカットのことを訊かれるとひどくいやがるのを知っていたので、それまでなるべく話題に出さないようにしていたのだが、今日は少年Aを困らせてやりたかったのだ。少年Aは困惑を必死に笑顔で隠しながら、手首を私の目の前に突き出した。一気にサポーターをずりおろす。そこにはミミズの張ったような例の傷跡があった。
「最近、僕もちょっと要領が良くなったんだ」
 誇らしげに少年Aは言った。私の心がじくん、と痛む。私はバイトを転々とする少年Aをよく「要領が悪い」と言っていたのだった。私としては雇い主の横暴やわがままにきまじめに反応して思い悩む少年Aを激励して言っていたつもりの言葉だった。が、少年Aにとってはそれがひどく気に障る言葉で、私に対抗するために今こうしているのかもしれないと私は思った。先生の助けなんかもういらない。少年Aがそう言っているように私は思ったのだ。
 少年Aは得々と言葉を続ける。
「このサポーター、バイト先のスーパーの中にある百円ショップで買ったんだけど、結構使えるんだよ。手首を切った後ってなかなか血が止まらないでしょ。その時、ティッシュを当てて、その上からこのサポーターで止血するんだ。包帯を持ち出すと、父さんや母さんが口には出さないけど”またリストカットなんてやって”っていう目で見るし、やっぱり手首に包帯巻いてると、どうしてもイッちゃってるヤツって目で見られるから……いつもは腕時計で隠してたけど、やっぱりそれには限界があるし」
「少年A、ちょっとしゃべり方変わったね」
 私の指摘に、それまで得意気だった少年Aの表情がくもった。眼鏡のブリッジに手をやって、「そうですか?」と訊ねる。あわてた時の少年Aのクセだ。
「うん。だってちょっと以前までは”使える”とか”イッちゃってる”なんて言葉、使わなかったわ」
 私はそこまで言って、深呼吸した。
「もしかして少年A、新しいオトモダチでもできた?」
 私は息を詰めて少年Aの次の言葉を待った。少年Aがあいまいとしかいいようのない表情を浮かべ、ぬるい空気が私たちの間に流れる。少年Aのまなざしは、私の顔から胸へ流れ、そして畳の上にある小さなテーブルに泳ぎ着いた。
「これ、ピアス?」
 少年Aはテーブルの上に置かれていた銀色の輪に目をとめて言った。そのピアスは生徒が今日、教卓の上に置いたものだった。私は少年Aが話をはぐらかそうとしているずるさに。嘘で対抗することにした。
「そう。ちょっと知り合った人にもらっちゃってさ、その人がぜひつけてくれって言うの。私にピアスが似合うって。私、困っちゃった。だって私、ピアスホール開けてないんだもん。ピアスホールってやっぱり開ける時、痛い? 教えてよ、少年A」
「……その人って、男の人?」
 少年Aは頬をこわばらせて、慎重そうに訊ねた。
「さあね。ご想像におまかせしまァす」
 私は笑って肩をすくめる。
「ごまかさないでよ、先生」
「じゃあ、私も訊かせてもらうけど」
 私は視線を落として、そこで言葉を切った。少年Aの返答が待ち遠しくもあり、怖くもあった。
「少年Aもどうしていきなりピアスなんか入れたわけ? 君らしくないわよ。ひょっとして誰かさんの影響?」
 私はおそるおそる顔を上げる。少年Aは眼鏡のブリッジに手をやったまま、だまりこくっていた。
「……ただなんとなく。べつに意味なんてないよ」
 嘘つき。一ノ瀬とペアにしてるくせに。私はそう怒鳴りたかった。
 けれど私は思いを吐き出すこともできないまま、うつろな言葉を紡ぐ。
「ふうん、そうなんだ。私も少年Aみたいにイメージチェンジして、このピアスしてみようかなあ」
「やめろよ」
 少年Aは即答した。いつもは慎重に言葉を選びながら話す少年Aがこんなふうにあわてて言葉を返すのはめずらしかった。しかも「やめて」でも「やめてよ」でもなく、「やめろよ」だ。少年Aは私に男言葉の命令形を使っているのだ。生意気だ。私は思った。二股をかけている自信が少年Aをここまで傲慢にしているのではないか。
 それとも愛しの一ノ瀬とせっかくペアにしているピアスと同じデザインのものを私が身につけるのに腹が立つのか。
 私は少年Aに向ける見えないカミソリを探した。
「どうして私がピアスしちゃいけないのよ」
「……だって先生、ピアスなんて似合わないから」
 私の語気に戸惑ったのだろう。少年Aの口調がいつもの自信なさげなものに戻る。私はひとまずの勝利を感じながら、言葉を続けた。
「ピアスが似合わないのはお互い様でしょう? どうして私がしちゃいけないわけ? 少年Aには関係ない問題じゃない!」
 そこまで言い終えた時、私の体は畳の上に押し倒された。
「ちょ、待って、やだ……」
 少年Aは私の言葉を自分の唇でふさぎながら、私のブラウスのボタンを乱暴にはずした。ボタンのいくつかがはじけ飛んで、畳の上を転がる。もがく私の脚を少年Aは体重をかけておさえこむ。その重さはすでに少年のものではなく、立派な男のものだった。
 それでもブラジャーから引きづりだした私の乳首をはむ少年Aの顔は、あいかわらず幼いままだった。少年Aはよく私の乳房を賞賛する。ここに顔を埋めていると心が安らぐのだと。出るはずもない私の母乳を必死に少年Aはすすろうとする。それが自分の救いだとでもいうように。
 私の頭にあるどす黒い考えが浮かんだ。
 この乳首に銀色のピアスがはめられたら、少年Aはどんな表情をするだろうか。

 インターネットを検索すると、あっけなくピアッシングの店は見つかった。
 私はその中から渋谷にあるピアス店を選んだ。ホームページが綺麗にデザインされていて、比較的うさんくさくなかったからだ。
 私はそんなところにも社会的信用と手堅さを求める自分の小心さ加減に苦笑した。自分を変えたくて、ボディピアスなんぞを入れようとしているのに、どうしても安全な道を選ぼうとしてしまうのだ。
 私は日曜日、その店に行くことにした。ホームページからダウンロードした地図を片手に渋谷の街を歩く。その日、私はTシャツにジーンズという、私にしてはひどくカジュアルな格好で出かけた。いつものブラウスやらスーツといった服装の人間が、ボディピアスを入れに行くなんてちゃんちゃらおかしい気がしたのだ。
 それでも私は自分の地味さを意識せずにはいられない結果になった。日曜日の繁華街は十代や二十代前半の女の子でごったがえしていて、みな肌の露出が激しい服装をしている。おしりの割れ目が見えても平気な彼女たちに比べて、私はいかにもあかぬけないもう若くない女だった。いや、たとえ私がもっと若くても、地味で暗い女だと彼女たちにせせら笑われていたかもしれない。一ノ瀬ならば、こんな街中を颯爽として歩くだろうに。少年Aは一ノ瀬とこういった場所でデートしたことがあるのだろうか。
 店は、表通りから少し裏に回った場所にあった。私はここに来たことに後悔し始めていた。店は風俗店の建ち並ぶ狭い通りにあったのだ。すすけた派手な看板が立ち並び、半裸の女の子の写真がにっこり私に微笑みかけている。
 だがいよいよ店の前に来て、私の緊張は急速にほぐれていった。
 私はそれまでボディピアスというと、アンダーグラウンドな世界をイメージしていたのだが、現実はそうではなくなっていたようだった。そこは美容院とみまごうかのような瀟洒なテナントだった。ペントハウスを意識してデザインされた白い外装に、流麗な書体で「Pierce house The change」と店名が記されていた。
 その文字に私は自分を恥じた。そうだ、私は自分を変えたくてここに来たのではなかったか。
 私は深呼吸をして、白いペンキで塗られたドアを開いた。チリチリと鈴の音がして、「いらっしゃいませ」という愛想の良い女の声がする。店の中はソファと雑誌が並べられたテーブルが置かれており、本当に美容院のようだった。
 しかし次の瞬間、私は息をのんでいた。
 奥から出てきた店員は、若い女だった。せいぜい二十代前半といったところだろうか。緑色のTシャツを着て、ジーンズを履き、白いエプロンを身につけている。黒い髪を後ろでたばねたその姿はどこにでもいる女の子のものだった。
 いや、どちらかというと普通よりおとなしいタイプの女だった。一重まぶたの細い目にはいかにも気弱そうな光が宿っていたし、猫背気味なやせた体が彼女のおどおどとした雰囲気をいっそう引き立てていた。
 けれど、彼女が普通の同年代の女性とまったく違っている部分がひとつだけあった。
 それは唇と鼻と額に入れられたピアスだった。
 唇のピアスにいたっては五センチほどの長さがあり、その銀色の棒は重力に従って垂れ下がっていた。私はそれを見て、自分が中学生のころに部屋に飾っていた外国製の風鈴を思い出した。こんな重たそうなものをつけていて、ちゃんとしゃべれるのだろうか。
 彼女は即座に私の疑問に答えてくれた。
「いらっしゃいませ。今日はどうなさいますか?」
 彼女の線の細い風貌によく似合ったか細い声だった。あんな大きなピアスを口に付けていてもちゃんと話せるんだ、と私は妙なところで感心した。
 私は彼女にすすめられるまま、革張りのソファに腰を下ろしてから言った。
「あの……ピアス、入れたいんですけど」
「はい。どちらのピアスですか?」
 私はためらった。やはり無難にここは耳たぶ、とでも言うべきだろうか。目の前にいる店員はやはり私にとっては異界の住人だった。
 なんとなくここで本来の要望を出してしまうと、私はもう引き返せないところに来てしまうような気がする。
 だが、そこで私は思った。
 引き返すって、どこに?
 また明日から出勤して、生徒たちにいじめられるのだろうか。ピアスひとつ入れられない勇気のない、さえないおばさんと陰口をたたかれるのか。そして一ノ瀬と少年Aの関係に口をはさむこともできず、黙々と少年Aの作った料理を食べるのか。
 私は口を開いた。
「乳首です」
 店員は少し驚いた目をした。私は恥ずかしいと同時に、ほこらしい気分になる。
 私はこの女の予想を裏切ってやったんだ。そう、私はおとなしくて地味な女に見えるけど、本当は乳首にピアスを入れたがるような女なのよ。
 店員はなぜかにっこり笑った。単なる営業スマイルでは片づけられないような、心のこもったやさしい笑顔だった。私はあなたの親友よ、と言ってるみたいだ。
「少々お待ちください。カタログをお持ちいたします」
 店員はそう言い終えると、唇と耳のピアスを揺らしながら、店の奥へと消えていった。
「お客様がご希望のニップルピアスはこちらになっておりますが」
 店員はそう言いながら、分厚いバインダー式のカタログを開いた。乳首のピアスって、ニップルピアスって言うんだ。そういえば英語で乳首はニップルだって昔習ったな。私は妙なことを思い出してひとりでうなずいた。こういうことを考えることで、緊張が少しだけほぐれていくような気がする。
 店員は写真がたくさんバインドされたページをめくって、そのうちの一ページを私の前に開いた。
 よく見ると、店員は親指と人差し指の間にもピアスをしていた。
「どういったデザインがよろしいですか?」
 私は身を乗り出して、テーブルの上に置かれたバインダーをのぞきこんだ。
 思ったよりそれは嫌悪感や違和感を私に与える写真ではなかった。
 丸い金属の輪っかがいくつもそこには並んでいた。
 ただ普通のピアスと違うのは、そのどれもが中央に大きな丸球がついていることだった。私はそれを指さした。
「あの、これって……」
「ああ、それですか。ストッパーっていうんですよ」
 店員は得意げに説明を始めた。さっきは物怖じしていた細い目がいきなり生き生きとした輝きを帯び始める。
「ストッパーって?」
「留め金です。だってそうしないと、ニップルからピアスがはずれちゃいますから」
 そこで店員はいったん話すのをやめて、口端をいじった。どうやら口につけたピアスがずれたらしい。やはりこれだけ大きいピアスを口につけていると、いろいろと勝手の悪いこともあるようだった。食事している時ははずすのだろうか。
 店員は背筋をしゃん、とのばして気を取り直したように言葉を続けた。
「ニップルは耳たぶと違って、はっきりとした凹凸がないからはずれやすいんです。特にアジア人種は欧米人種に比べて、乳首が小さい人が多いからよけいストッパーは重要なんです。うちで扱ってる商品はアジア人種用に作られてますから、とってもはずれにくいですよ」
 まるでわが社の製品は業界一です、というような口調だった。
 私はかえって現実味が沸かなくなった。
 キャプティブビーズリング、バーベル、レジェントジュエル。気取った横文字の名前がつけられたピアスの数々を見ていると、これが人の乳首を食い破ってつけられるものだとはとても思えなかった。
 なんだか肩すかしをされたような気分までする。これではボディピアスはおしゃれの一種で、私はそんなものに自分が変われるきっかけを見いだそうとしていたのか。
「どうしました?」
 気抜けした視線をカタログに向け続ける私に、店員がけげんそうに声をかけてきた。
 顔を上げると、店員の棒がぶらさがった唇がへの字に曲がっていた。
「お客さん、ひょっとして怖じ気づいたんですか?」
 店員は笑いながら言った。私はその無礼な言葉に怒るより先に驚いていた。この気弱そうな娘に、こんな口を叩ける度胸があるとは思わなかったからだ。
 そう考えて黙っている私に、店員は苛ついたように言葉をなげかけてきた。
「ピアスってちょっと流行だから入れてみようかな~、なんて思っただけだったりして?あ、でももしそうだとしたら、普通のアクセサリーショップへ行けばいいだけの話で、うちみたいな濃い店には来ませんよね? ひょっとして、変態をからかいに来ただけとか?」
「違います!」
 私は無意識のうちにそう叫んでいた。がらんとした店内に、私の声は響き渡る。
 店員は細い目を見開いて、私を見ていた。
「……違うわ」
 私は自分の気持ちを確認するように、もう一度言った。
 ややあって店員がふたたび皮肉っぽい笑顔を浮かべて問い直してくる。
「じゃあ、どうして?」
「自分を変えたかったから」
 私は即答していた。
「ピアスを入れたくらいで、自分を変えられると思います? 今時ピアスなんて、女子高生の間じゃ制服の一部みたいなもんですよ」
「だから乳首に入れるのよ」
 私の答えに店員は口をつぐんだ。何かを考えるように首をひねりながら、口端のピアスを指でいじる。
 店の外側から、風俗店の呼び込みをしている声が聞こえた。
 三十回ほどマウスピアスをいじってから、店員はゆっくりと話し出した。
「どうして私がこんなにたくさんピアスを入れているんだと思います?」
「さあ……私にはよくわからないわ」
 私は慎重に言葉を選びながらそう言った。下手に店員を怒らせるのもいやだったし、ピアスがついている眉根をしかめた彼女は真剣に何かを考えているようだったから。
「私、この仕事に就く以前は保育士やってたんですよ」
 ねえ、驚いた?と言いたげな表情を店員はしていた。どこか得意げでもあり、不安そうな表情だった。
 私は驚きはしなかった。彼女の地味で堅実な雰囲気は、ボディピアスの店より保育園の方がはるかに合っていそうだからだ。
 だが私はなんとなく彼女を喜ばせてあげたくて、わざと息をのんでみせた。
「えっ? 本当なの?」
「ええ」
 彼女は満足げにうなずいて笑った。笑うと急に目が細くなって可愛い。
 彼女は私の前に手を出して言った。
「次の質問はもうわかってます。だから訊かないで。どうして私がピアスをこんなに入れたかっていうと」
 彼女はそこで言葉を切って、私を値踏みするように上目づかいで見た。
「ストレスがたまったからなんです」
「ストレス?」
 わたしはおうむ返しした。そして思わず言っていた。
「それってもしかして、園児さんの扱いに疲れてストレスがたまったってこと?」
「え……どうしてわかったんですか?」
「だって私もーーーー教師やってるから」
 私の答えに、店員は深く息をついて笑った。
「そうなんですかーーーーでも、そんな感じはしてました。あなた、以前の私と似た雰囲気があるから」
「似た感じって?」
「言いたいことを我慢してる顔です。弱音が吐きたくても吐けない顔」
 図星をつかれた私は押し黙った。店員はとりなすように笑った。
「気を悪くしたのなら、ごめんなさい。ただ最初、あなたが店に入って来たときから思ってたんですーーーー私もかつてはそうでした」
 店員は遠い目をして語り始めた。
「保育園の園児さんもいろんな子がいるんです。ひどい子なんて、お遊戯の時間も大騒ぎしぱなしでした。それで私が注意したら、後でその子の親御さんが私をみんなの前で怒鳴りつけるんです。うちの子をいじめないで、って。他の同僚も注意してたんだけど、私にだけなぜかそうするんです。きっと私が一番気弱そうだから、文句がつけやすかったんでしょうね。それでものが食べられなくなるほどストレスがたまって、どうにか当たり散らされないようにされたいって思ったんです。だから耳たぶにピアスをしました。自分が不良っぽく見えてハクがつくと思ったんです。そうしたらなぜか気持ちがスーッとしたんです。でもそのうちまたイヤなことがあって、だんだんピアスの数が増えてきてーーーー今みたいになりました」
 店員は悲しげに微笑んだ。
「私のこと、変な人間だと思います?」
 私は微笑み返して、ゆっくりと言った。。
「ええ、思うわ。私みたいにね」
 店員は口の端のピアスをいじりながら、照れ笑いした。
「ありがとう」
「どうしてお礼なんて言うの?」
「だってーーーーいい人って言われるより、変な人って言われた方が私、何百倍も嬉しいから。自分が変だって思うだけで、他の人と違う存在だって思えるから。つまらない人間だからっていじめられるより、変わってるからいじめられるって思えた方がまだマシ。だって変わってるってことは、私は他人と違う、この世界でただひとりの人間なんだってことだから」
 私は打たれたように店員を見つめた。
 そして彼女の口の端についたピアスをちょんとつついて言う。
「そうね。あなたとっても変わってる。こんなものつけてる女の子、そうそういないわ。私あなたのこと、ずっと忘れないと思う。これから先もずうっと」
 店員はふわっと笑ってから、涙ぐんだ。指先であわてて涙をぬぐってから言う。
「どんなピアスがお好みですか?」


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